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01-03


そんな日常

すでに平常モードに入ってしまいました。
メールマガジンの原稿を書いたり,なんだかんだと。
TVをつけると(普段TVは見ないが台所仕事をしている間だけはよくつけるので)まだありとあらゆるところが正月特番だったりするので勝手にムッとしたりしながら皿を洗う,と。

同上「連邦」風
すでに平常モードっていうか,普通に働き始めてみた。メールマガジンの原稿を書いたりなんだりとやっていた。でもTVをつけるとどこもかしこも正月の特番というか,映画を流しまくっていたり,アニメを流しまくっていたり,なんか聞いたこともない起業の新春の挨拶を流しまくっていたりした。
当方普段からTVはあんまり見ないというか,ほとんど全然見ない。でも,台所仕事をしているその間だけはなぜかTVをつけて背中にだらだら浴びせていたりするので,今日もつけところ,そんな正月特番攻勢だったりするので「あー,なんかたりーなぁ」とか思い,勝手にムッとしながら皿を洗っていた。そんだけ。

同上スタパ斎藤 風
さぁもうすでに平常モードだヨ!!普通にはたらいちゃうんだヨ!!メールマガジンの原稿を書いたり,なんだりとすでにして俺は驀進していきたいッ!!
でもTVをつけるとどこもかしこも正月の特番じゃねぇかオイ的な感じ。最強に古まった映画や,懐かしさ光線を四方,いや三十二方に振りまくアニメ。さらには聞いたこともない,ついでに多分会ったこともない企業の新春の挨拶で琴の音が流れまくりだヨ!!
俺は普段から全くTVを見ないのではあるが,台所に立っている時はTVをつける。なぜとは聞くな。というか,聞いても俺も分かりやしねぇのだ。とにかく正月特番だ。正しい月の特攻番長だ!! ってそんなわけないだろ >俺。いわゆるそういうものを背中で聞きつつ,一人勝手にムッとして皿を洗ってみたってことである。

同上池波正太郎 風
すでに働いている。
晴れた冬空に飛行機雲がのびるのを眺めなたりしながら,原稿を書ている。
昼時になり,TVをつければまだ正月だ。
(むう,これは)
なんだかしゃくに障る。古い映画やアニメばかりがだらだらと流れる。
普段はTVは見ないが,台所に立つ時はなんとなくつける。背で聞く。
いつもと違い,ニュースやドキュメンタリーがほどんど無いので勝手が違う。
このことである。
(む・・・)
少し手荒く皿を洗った。



「〜風」の一人遊び

むかし,ひとつのことを「〜風」の文体でいくつもいくつも書くという一人遊びをずいぶんやったなぁと,なぜだか今日目が覚めた瞬間に思い出したので,久しぶりにやってみました。
久しぶりにやってみると,やっぱり下手になってますね。
文体というのはたんなる形ではなく,その人ならその状況や情景のどこを見るのか,とか,どういうことにより強い興味を持つか,ということがそのままあらわれるものなので,ただ外見を真似してもうまくいかないわけです。文体というのは,本来は,その人の世界観そのものです。

たとえば「連邦」の吉野健太郎氏は常にだるそうで,いろんな事をすぐ「どうでもいい」と言うのですが,それでも突発的に興味を持ったことに一瞬夢中になり,そして,またすうっと冷めていきます。その雰囲気をつかめないと,いくら自分のことは「当方」と書くとか,誤変換や脱字が多くてもそのまま放置するというような表面的なことを真似しても,氏の文体には似ません。
その意味では,今回のものは「一瞬夢中になり・・・」という部分の特徴が出せていないので,あきらかに失敗です。

文体というのは難しいだけではなく,かなり危険なものでもあります。
ある文体に気付かずにはまりこむと,自分でも意識しないうちにある偏った発言,偏った考え方にどんどん進んでいってしまうことがあります。少なくとも私はそのせいで,かなりたくさん書いたものを,後で全部消すことがあります。
神経質かなぁ,と思うことも,確かにあります。
他の人の日記を見ているとなんだかもっと自然に流れ出るままに書いているような気がする,とちょっとうらやましい気持ちに,勝手になることもあります。
でも私自身はずいぶん前に「文体は世界観そのもの」ということに気がついて(あるいは,そう勝手に思いこんで)いらい,文体を意識しないで書くということは出来なくなってしまいました。もちろん毎日毎日一字一句に呻吟しながら書いているわけじゃありません。そんなことは出来ませんし,あり得ません。けれども「なんだか思っていることが上手く言えていない」というような誰でも時々感ずる違和感と同じように,「この文体はなんだか違う」ということ引っかかるようになってしまいました。

ここで言っているのは文章が上手いかどうかというようなことではありません。少なくとも,テクニックのレベルで上手いかどうかとは違います。
もっと基本的な,住宅で言えば水の配管のようなものです。
素晴らしいデザイン素敵な内装の家でも,たとえば配水管が細すぎてバスタブの水が抜けるのにものすごく時間がかかったりするのを発見すると,嫌な気持ちになるでしょう。
そのような,書くということの基礎工事部分の話です。






©akio ishizuka