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05-07


この星の王さま

「ワニと龍」ワニと龍 − 恐竜になれなかった動物の話
青木良輔
平凡社新書
これがなかなかの…奇天烈な本だった。
初めにお断りしておくけれども,この本を推薦するという意図で書く文章ではない。
推薦はしない。でも,ものすごく紹介はしたいのだ。

いきなりこうだ。

はじめに−星の王さま
サンテグジュペリの『星の王子様』は有名な童話である。日本では三遊亭円楽のおかげかもしれない。しかし,作品への評価は正当なものなのだろうか。作家が飛行中に砂漠の中で行方を絶ったというロマンティックな最期を遂げている(?)ことが,不当に高い評価をもたらしている気がしないでもない。人間には寿命を全うできなかったものに対する強いシンパシーがある。それが狂気をともなった結果だったりすると,いっそうの光彩を放つ。
※(同書 p7:「はじめに」冒頭より,最初の段落全文引用)

いきなり『星の王子様』愛読者の大集団に喧嘩売っている。
いや,私も正直に言うと他の作品の方がより高い評価を得てもいいのではないかと思ってはいる。しかし,読みようによってはサンテグジュペリの生涯を全否定しているととられても仕方のないこの書き方はすごい。
このまえがきは,次の段でその顕著な例は恐竜である。自然が狂ったとしか思えない巨大な体躯と奇抜な形態,そして,突然の絶滅に人びとは興味をそそられるようである。...と続き,実は現在も実在しているワニはきわめて興味深い生物であり,すでに絶滅したことで不当に人気のある恐竜と比べて評価が低すぎると訴える。そして,中国で龍という架空の生物が実在のワニから作られていったのだという(この本の表題にもなっている)テーマの提示へと進んでいく。
で,なぜ枕に『星の王子様』を持ってきているかといえば,ワニが旧約聖書で「地上の荒ぶる王の中の王」と称えられているからなのだ。
多分著者はこの無理矢理の対比を思いついた時ひそかにガッツポーズをとったのではないかと思うが…変な人である。

変な人ぶりは,読み進むほどに全開に。
なぜ龍というものが実在のワニから生まれたのか,きちんと生物学や気象の記録などをつきあわせて検討していく過程はそれなりに説得力があり,肯ける。
けれども(その方面ではきわめて有名な)『説文解字』などをひきながら,漢字そのものの成り立ちや,鰐という字との関係などを説きはじめると…いささか怪しい。
「…ということもあるかもしれない」「…に違いない」などの根拠に乏しい(あるいは,根拠はあってもそれをきちんと提示しないままの)発言が山のように現れる。
加えて,自慢してるのか?と思うような「私しか気付いていない」「私が最初に発見した」「誰それは見誤っているが私には分かった」的な発言が頻発する。
いや,多分,本当に自慢しているんだろう(笑)
それは古生物学もふくめてのワニの骨の詳細な検討部分に入っていくと,いっそうひどくなる。「私は」「私が」の大盛りお代わり五杯目に入っても食欲衰える気配なしみたいな感じである。しかもこの部分は(かなり長いうえに専門的だが)本来のワニと龍の関係の話とはそれほど深い関係はない。ワニの研究に捧げてきた自分の人生を熱くぶつけているのである,要するに。

読みにくく,テーマからそれまくり,自慢大盛りで,しばしばひねくれが過ぎる。
何度も放り出し,さして厚い本でもないのに結局通読するのに半月近くかかってしまった。
では私はこの本が嫌いかというと,そうとも言い切れない。
最後近くでまた『ヨブ記』のリバイアサンの部分を長く引用し,ナイルワニのオレンジがかった金色の光彩のことを「その目は昇りきらぬ暁の曙光を思わせる」と表現するのは実にうまいと誉める著者を見ていると,なんだかほほえましくなる。
「この星の王さま」ワニに対する愛情とつきない興味があふれている。



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©akio ishizuka